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人生はいつ何が起こるか予測もつかない。

35歳にもなってフランスに来て以来この言葉が何度頭をよぎったことでしょうか。地下鉄やパリ郊外の野外レストランでの演奏、フランス人との結婚、出産・・・。予測不能な出来事はこの何年かでもう全部出尽くした感があったので、これからは淡淡と穏やかな日々を送るのだろうな、と漠然と思っていました。そんな私に舞い降りた、またまた想定外の展開。

というのはなんというありがたい話なのか、パリからセーヌ川をはさんで南西に位置するSaint-Cloud(サン・クルー)という町のドイツ人学校の中にある音楽学校でCDD(日本でいう契約社員)として、アコーデオンを教えさせてもらうことになったのです。とは言っても、生徒は今のところ1人だけ。15歳になるドイツ人の男の子ポール君です。昨日がその第一回目、初めてのレッスンでした。

フランスでドイツ人に日本人がアコーデオンを教える。こんな思いがけないチャンスを運んできてくれた幸運の女神ともいうべき存在は、パリの貴重な音楽友達であるNamiちゃん。彼女はハーモニカ奏者でありまたピアノ奏者、という才能あふれる音楽家で、日本ではハーモニカだけの女性トリオ「こまんたれゔ」のメンバーとしても活躍しています。そしてまた、この9月からはドイツ人音楽学校でハーモニカを教えることになったというので、その朗報を聞いて私も喜んでいたのです。
そんな矢先、9月半ば、彼女から電話がありました。「ねえねえ、聞いて。今日、ドイツ人学校に行ったら、事務所に学校の生徒のお母さんがやってきて、あら、あなた、ハーモニカの先生なの?誰かアコーデオンを教えてくれる先生を知らない?息子を習わせたいんだけど、フランスでは全然先生が見つからないのよ、って言うの。りえちゃんの話をしたら、ぜひ連絡先を教えて欲しいと言われたのだけど、教えてもいい?」

確かに、フランスに来る前は、フランスで1年間アコーデオンを習ったら、日本に帰って、アコーデオンの先生になりたい、と考えていました。学生として滞在している身分の時に、アコーデオンを習っていたお店のオーナーに、うちで初心者に教えませんか?とありがたいお話を持ちかけられたこともあったけど、労働ビザの問題で結局は実現するに至りませんでした。
それからは、フランス生活が長くなるにつれて、だんだんとこちらで教えるのは無理だろうと考えるようになっていきました。第一にフランスには本場のアコーデオン奏者がたくさんいる。外国人がフランスでアコーデオンを教えるというのは、外国人が日本で尺八を教えるようなもの。日本で尺八を習いたい人が外国人に習いたいと思うだろうか。第二にフランス語のコミュニケーションの問題。この程度のフランス語で果たして教えられるのだろうか。。。

フランスに来た当初は、右も左もわからない分、怖いもの知らずで、今よりもっと度胸があったように思います。ビギナーズラックなのかどうなのか幸運にも恵まれ、地下鉄やパリ郊外の野外レストランなど人前でもよく演奏していました。でも滞在が長くなってくると、フランス語堪能で才能あふれる日本人の存在を知る機会が自然と多くなり、己の小ささや至らなさが目につくようになりました。
「お仕事は何をしてるの?」フランスでは必ずと言っていいほど、初対面の人にこの質問をします。日本ではおそらく、子供のいる女性にこんな質問をする人はまずいないでしょう。でもここはフランス。ほとんどの女性は子供がいても当たり前に定年退職するまで働いています。私はこの「お仕事は・・」という質問をされるたびに、「えーっと、特に働いてはいなくて、いや、あの、働きたいんですが、外国人だしなかなか難しくて。子供もまだ小さいし。えーっと、そう、一応音楽をやっているんですが、それでお金を稼ぐのは難しかったり。日本語教師の勉強をして日本語を少し教えたりなんかはしていますが・・・」などとしどろもどろに答えるのが常で、質問を受けるたびに憂鬱でした。

でも9月の初めにひとつお仕事のお話があった時にいろいろ考えました。それは、フランスの某料理酒メーカーでレシピの開発などを手掛けているパティシエの日本人女性からの話で、上司がパリ郊外の高級住宅地にパンとケーキのお店を開くことになったので、週3日くらい働いてくれる日本人の販売員を探しているとのこと。正直興味をそそられるお話でした。仕事をしていないというコンプレックスも解消されそうだし、経済的にも多少なりとも家計の助けになるし、またフランスで働くというのはどういうことなのかも知ることができそう。。。でもいろいろ考えた末にやっぱり断ることにしました。自分とはまったく関係のない分野の仕事だったし、将来的に自分が行きたい方向にも発展していきそうにない。これをきっかけに、気持ちが完全に吹っ切れたのでした。私はやっぱり音楽の分野で努力をしていきたいと。

そのお話を断った時はまさか、それから約3週間後に、ドイツ人音楽学校の事務室で校長先生と面談をしようとは、まったく予期していませんでした。面談のその日に、じゃあもう明日からでも早速、という話になったのですが、1週間後にNamiちゃんとコンサートでの演奏がひかえているから、とあわてて理由をつけて、10月からに予定を延ばしてもらいました。何しろ先生として教えた経験ゼロ。四分音符といった基本的な音楽用語さえフランス語でなんというのかわからない。しかも、生徒はもう4~5年も弾いていて結構弾けるという話。私よりはるかに上手かもしれない。どうしよう!急に不安になってきた私をポジティブシンキングなNamiちゃんが「大丈夫大丈夫、私だって結構はったりなんだから~」と笑いながら励ましてくれます。音楽用語については、フランス人ギタリストの友達が手伝いを申し出てくれて、記号の横に言葉を書いてもらったり、自分で辞書を調べたり、それでもわからない言葉はインターネットで検索したり、とりあえずリストを作成。教則本はどの練習から始めようか、最初の課題曲は何を選ぼうか、などおたおた準備していたらあっという間にレッスンの日に。
音楽学校の事務所で待っていると、午後1時45分に学校での授業を終えたポール君がアコーデオンを背負ってやって来ました。身長175センチはあろうかという大きな男の子で、ちょっぴり恥ずかしそうな人懐っこい笑顔が印象的。

実は2週間前に学校でNamiちゃんはポール君に偶然会っていて、彼がすごく大きいという話は聞いていました。「今日、ポールくん来てたよ。アコーデオン持って来てて、教室で一人で練習してたんだけど、レッスンしていた私の部屋におずおずやって来て、あのー、僕の先生が来ないんですけど・・・って言うのよ。今日からレッスンって勘違いしてたみたい」 えー!そんな、まさか!レッスンを始める前から問題発生?10月からって校長先生にもちゃんと言って了解してもらってたし、ポール君のお母さんにも10月からお願いしますってちゃんとメールを送ったし。慌てた私は、各方面に電話やメールで連絡すると、みんな「そうだったんですね~」なんていうゆるい反応で、あまり気にしていない様子。とりあえず話の行き違いは無事おさまりました。よかったよかった。

そんな事件もあったせいで、今度は私の方が、ほんとに今日ポール君来てくれるかなと不安だったのですが、ちゃんと来てくれてひと安心。学校の授業に使われているような広い教室に入ると、早速ポール君は一人で弾き始めました。お母さんからの事前のメールで、ポール君はアコーデオンが大好きで、毎日よく練習していることは知っていました。また、映画音楽が好きで、パイレーツ・オブ・カリビアンの曲をよく弾いたり、あとはアイルランド民謡も好き、フランスに来たからにはタンゴも習ってみたい、などすごく意欲的なことがいろいろ書いてありました。実際に会ってみると、左手のテクニックもかなりのもので、かなりのレベル。うわー、困ったなあ、ほんとに教えられるかなあ。頭の中にそんな思いがよぎります。レッスンの前に話をしてみると、ドイツでスウェーデン人の先生にアコーデオンを習っていたことや、アストル・ピアソラの曲が好き、とか、フランスのアコーデオン音楽はまったく知らない、ということなどもわかりました。

まずは、あんまり気の進まなそうではありましたが、指の訓練のためのエクササイズから始めました。ひとつひとつの音を正確に同じ長さで弾く練習をあまりしたことがないようで、真剣な顔で取り組んでは、ダメだ~、とため息をついたり、その感情の移り変わりが激しくて、見ていると可愛い。初めての課題曲には、私もフランスに来た時に初めて習ったジプシー調のマイナーワルツを用意したのですが、弾いてみせると、「なんか、フランスの曲って感じ」と意外と興味を示してくれました。ポール君は、フランス語は学校で習っているようで、大体は通じるのですが、難しい単語などはわかってもらえないこともあり、これからこの学校で教えていくには一生懸命フランス語の音楽用語を覚えるよりはむしろ、ドイツ語の音楽用語を覚える必要がありそうだと感じました。レッスンを終えてそそくさと帰っていく彼の後姿を見送りながら、来週もまた来てね、と心の中で願いました。

次回のレッスン後は、日本に里帰りする私の都合で12月いっぱいまでレッスンはお休み。1月からまた再開予定ですが、1月後半には音楽学校の講師によるコンサートが予定されているようなので、なにやら少しずつ忙しくなりそう。

人生っていくつになっても何が起こるか本当にわからないものですよ。みなさん。
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by degorgerie | 2009-10-08 13:55 | Comments(17)