2011年 03月 21日 ( 1 )

再生へのスタートライン。

震災から早くも10日間が過ぎた。
といっても、フランスに住んでいる私にとって、正直、日本で本当にこんな出来事が起こっているということが未だに信じられない。大地震や余震の実体験もない上に、放射能汚染への恐怖も交通機関の乱れも計画停電も買占めもみんなみんなニュースで聞くばかり。日本のみんなと絶望も希望もわかちあいたくてもわかちあえない心の空虚さ。もちろん、私のように海外に在住している者は、自分たちがどんなに安全で恵まれた場所に住んでいるのかを心して感謝しなければいけないと思う。でも、いつか、日本に帰った時に、大震災の話になっても、「あの大変な大震災の日々を共有できなかった」という心の隔たりをどこか感じてしまうのかもしれない。
私は震災が起こった初めのころ、もしかして、私の頭がどこかおかしくなってしまって、こんなリアルな悪夢を頭の中でねつ造しているのかもしれない、とちょっと真剣に思ってしまった。それは、昔流行った、ドラえもんの最終回という町の噂に似ていて、「実は今までのドラえもんの話はすべて、植物人間になったのび太くんの頭の中で描いている想像の世界であった」という不気味な感覚だ。

毎朝、朝ごはんを食べる子供の無邪気な顔を見るたびに、被災地の子供たちの事が思い出されて、胸がつまる。この子と同じ年の子が一体何人亡くなって、現在何人の子が避難所でお腹をすかせ寒さに震え、何人が放射能の被害におびえているのだろう、と。
けれど、今、悲しみにくれている場合ではないのだ。ましてや、私は海外にいるのだから、ここだからこそできることはいくらだってある。フランス人に支援を呼び掛け、できる限りの募金を日本に送るために動きたい。長期になるかもしれない日本の復興を陰ながら支援していきたい。実際、子供の幼稚園で募金活動の計画もあるし、チャリティーコンサートの企画に声をかけてもらったりもしている。でも、それは私に慈悲とか美しい心とかがあるからでは決してない。単に、この大変な日々を共有できない虚しさを少しでも埋めたいといういやらしい欲望、みんなと大変さを分かち合ったという記憶を何とか持ちたいとあがいているだけなのだろう。

バリアフリー研究者で東大教授の福島智さんはいつかテレビ番組の中でおっしゃっていた。
「人間、生きているだけで人生の90%は成功しているんです」
この方は肉体的には盲ろう者という目も見えない耳も聞こえないという障害を持っていらっしゃる。けれど、底抜けの明るさとポジティブな人柄を見ていると、盲ろう者ということは背が高いとか太っているとかいう単なる身体的特徴でしかない、という風に感じられる。

私は数日前、日本にいた時にお世話になっていた上司で、今は岩手に住んでいる人にフランスから電話をかけてみた。当時の同僚にその方の安否を問い合わせていたのだけど、返事がなかったので、どうしても安否が知りたくて、迷惑かも知れないと思いつつ電話をしたのだ。その人は、私がフランスに行く時は、「パリでどんな音がするか教えてね」と南部風鈴をプレゼントしてくれた。その風鈴は今も庭の木にぶらさがっている。また一昨年、フランスへ行く前に会って以来、7年ぶりに再会した時にも、岩手の美味しいお酒送ってあげるからね、と言って、あとから宅急便で純米大吟醸「南部美人」を送ってくれた。ありがたくフランスに持って帰ってみんなで飲んだ。
電話をかける時はとてもドキドキしたけれど、電話がつながってほっとした。最初はうまく声が聞こえなくて、私が誰かわからなかったのだけど、フランスからかけていると言うとちょっと驚いていた。そしていつもと変わらない明るい口調で、小さい子供に聞かせるように一言ずつゆっくりと言った。
「大丈夫だ。俺は大丈夫だから。家族もみんな大丈夫だ。釜石の家は全部なくなっちゃったけどな。でも大丈夫だから」
大丈夫、大丈夫と、まるで私をなぐさめるみたいに、まるで私が被災者みたいに、彼は何度も繰り返した。
被災した人になぐさめられているようでは情けない。そんなことではいけない。
そうなんだ。被災していない人から見ると、被災者は毎日悲しんで暮らしているかわいそうな人たち、と勝手に思ってしまうところがある。マスコミもそういった悲しい場面、涙を誘うようなエピソードをわざと流したがる。でも実際、被災地の人は、そんな悲しみにくれている暇はないし、同情なんかまっぴらごめんだろうと思う。
もちろん、苦しみや悲しみでどうやって生きていっていいかわからない方々が途方もなくたくさんいらっしゃって、いまだって原発は予断を許さない状態で、何が安全で何が安心、ということはなく、楽観できない状況かもしれない。
けれど、生きているだけで人生の90%成功しているのだ。被災者に対するイメージは、ある意味、障害者に向ける周りからの目と同じように、周りが作り出した障害なのかもしれない。

昨年我が家にホームステイした大道芸人さんのブログに、彼が出会ったある東北の女性の言葉がのっていた。とても印象的だった。
「私達は、人を妬んだり、嫉妬したりしない。そんなに落ちぶれちゃいない。
だからあなたたちは、私達に遠慮しないで、楽しい時には楽しくしなさい。
嬉しい時には嬉しくしなさい。
私達はあなた達の幸せの場所にすぐにおいつくわ!」

戦後とは全く違った意味で、日本が大きく変わる時期だとたくさんの日本人が思っているだろう。
今回の大地震や津波で亡くなられたたくさんの尊い命を決して無駄にしてはならない。
これからもっと素晴らしい日本に生まれ変わっていくことを、心の底から信じている。

☆ソウル・フラワー・ユニオン「満月の夕」☆
1995年の阪神大震災の時、いち早く被災地に出向き、震災3週間後から、避難所生活をしている方々を元気づけるためにライブ活動をされたボーカルの中川敬さんによる曲です。震災の日が満月であったことと、震災から1ヶ月後の満月の日に目にした光景からこの歌ができたそうです。もう15年くらいこの曲を聴いていますが、いまだに胸が熱くなります。 


☆ヒート・ウェイブ「満月の夕」☆
ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんとこの曲を共作したボーカルの山口洋さん。山口洋さんは中川さんに誘われて被災地に出向き惨状を目にした後、東京に戻って、傍観者としての立場から違う歌詞をのせてこの曲を作ったそうです。現場で活動していた中川さんの曲の突き抜けた明るさとは全く違う印象の曲になってます。やり場のない悲しみややるせなさが込められていて、こちらもぐっときます。

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by degorgerie | 2011-03-21 10:01 | Comments(4)