今だからこそできること。

☆田中優×小林武史 緊急会議「今だからこそできる話がある」

エコレゾウェブというサイトにのっている対談を読んで目から何枚もウロコが落ちた。
「未来バンク事業組合」理事長の田中優さんは、地域での脱原発やリサイクルの運動を出発点に、環境、経済、平和などに取り組むさまざまなNGO活動に関わっていらっしゃる方だそうだ。
友達のブログでこの人の存在を知ったのですが、話が非常にわかりやすく、絶望を希望に変えてくれるような提案がいろいろ出てくる。ネガティブな気持ちになっている人には、前向きな気持ちになれるので、ぜひ読んでいただきたいと思う。
話の一部を抜粋させていただくと、、、

「実は、原子力発電は保険に入っているんです。「原子力損害賠償制度」というものなんだけれど、1200億円までは保険がおりる。イギリスのロイズに再保険をかけているから、使うことになってもイギリスの貴族の懐が痛むだけなんだけど。」
「でも、どう考えても今回はその額だけでは足りないわけです。そういう時は国と電力会社があとは負担します、となっている。でも、国だって今は財政が厳しい。一方、東京電力は、ここまでは豊かだった。この構造がある意味チャンスなんです。国は一度はお金を払わざるを得なくなるけれど、その分あとで東京電力によこせと言わざるを得なくなるでしょう?その時に、東京電力が持っている送電線を担保に取ってしまえばいい。インフラとなる送電線を、道路のように自由利用の原則に戻してしまうわけです。そうなれば、みんなが原発以外の方法で作ったエネルギーを流すことができるようになり、欲しい人はそこから買えばいいわけだから。すると、いきなりヨーロッパ型の電力体系にもっていけるわけなんです。 」
「戦前には、600以上の電力会社があって、各駅ごとにあちこちにあった。それが戦争が始まるときに、政府が「日本発送電株式会社」といって、勝手に全てひとつの電力会社にしてしまった。それを戦後になってみんなに分けなくちゃいけなくなって、九つの地域に分けたから9つの電力会社ができたわけ。実はそのときに、戦前にその中の多くの発電をしていたのは各自治体だったんですよ。その県が「ふざけるな、返せ!」という運動を起こして1965年まで戦っていたんだけれど最終的に負けてしまった。そのときにどうしたかというと、施設を取られてしまった自治体には、株券を返している。だから、東京電力の第三位の株主は東京都、中国電力の第一位の株主は山口県、というふうになっているわけ。 」

私は今まで、電力というものが、ひとつの電力会社以外から買えない、ということに対して、何の疑問も持っていなかった。私が無知だから、というのもあるけれど、おそらく多くの人がこういった事実を知らないだろう。だからこそ、電力会社は今まで独占企業として、自分達の思うままに政治やメディアを操り、こんなにまでやりたい放題な企業になっていってしまったのだと思う。

私は最近、電力会社と「風の谷のナウシカ」の映像がオーバーラップしている。
怒り狂い暴走するオームが、私の中では暴走する原子炉のイメージ。その背中には、電力会社の幹部がまたがり、オームを走らせている。オームの暴走を鎮めなくてはと自らを犠牲に立ちはだかるナウシカの姿は、原発反対の立場で長い間、孤軍奮闘されてきた方々、たとえば、「原発がどんなものか知ってほしい」の平井憲夫さんや、京都大学原子炉実験所の小出裕章さんのような方々だ。こういった方々の存在は、ブログ仲間の佐平次さんなどを通じて知った。

小出さんは、上関原発に関する地元の講演会の質疑応答で、印象的なお話をされている。
「今後、上関原発の建設をストップさせる法的な手順、フローチャートのようなものがあったらその方策を何とか教えてもらえないでしょうか」という質問に対して、一言「すいません。しりません」とおっしゃった。そしてその後、「もし、その方策を私が知っているなら、私がやります」と言葉を続けられた。
「私は40年前に原発に反対を始めたんです。その時には日本には原発が3基しかなかった。何とかこれ以上作らせないようにしたい。どういう手段があるんだろうかと考えながら、裁判をやったこともあります。学会の中で論争したこともあります。私が思いつくことはなんでもやったつもりですけれども、すでに日本には54基も原子力発電所が並んじゃったんです。どうやっても止められなかったんです」
「でも、少なくとも、みなさんはこの28年間、上関原発の建設を阻止してきた。きっとみなさんがこれからもひとつひとつの活動を積み重ねてくださると私は期待していますし、そういう活動が積み重なっていくことでしか、きっと原発は阻止できないと思っています」ここで会場からの大きな拍手。
途中、小出さんは「私の歴史は敗北の歴史だったわけですが」と言いながら、一瞬声を詰まらせた後、続ける。
「私が40年前に原子力に反対を始めた時には、日本が全部原子力推進でした。その時から比べたら、今はこんなにたくさんの人たちが私の話を聞いて下さるわけだし、何か原子力っておかしいぞ、と気が付き始めてくださっているわけです。だから、なんとかみなさんの力を集めて原子力を廃絶させたいと思うし、できるんじゃないかという希望が少し私には見えてきたような気がします」
小出さんの40年の孤独な戦いの歴史を垣間見せるこの発言が胸に沁みた。


もう20年以上前に、田原総一郎が司会の「朝まで生テレビ」という番組で、たびたび、原発のことが取り上げらていた。おそらく広瀬隆さんの「危険な話」の出版によって、原発の話題が盛り上がったんだと思う。原発推進派、反対派が10名くらい集まって、4~5時間にわたって論争をする番組だったけれど、番組の最後に何がしかの結論が出る、ということはなく、いつも最後まで見ても、すっきりすることはなかった。けれど、私は、よくその番組を見ていた。
そして、広瀬隆さんの言う危険な話はきっと事実に違いないと思いながら、それと同時にちょっとした拒否反応もあった。その番組に出ている原発反対派の方達は、なんとなく感情的で悲観的な感じの人が多くて、いまひとつ共感が持てきれなかったのだ。また、もし本当に原発がそんなに危険なものならば、人間の英知をもって、いずれは自然と他のエネルギー手段に切り替わっていくだろう、と漠然と楽観視していたようにも思う。
そして、そういった原発反対ムーブメントは、一瞬だけブームのようにやってきて、またすぐに去って行った。その後、広瀬さんの姿もテレビで見かけることがなくなった。

今回、取り返しのつかないような事態となって、初めて「やっぱり原発というのはとんでもなく危険なものだったんだ」とハッと我に返った気がする人が多いのではないか。
いろいろな人が、「原発を全部廃止したとしてもエネルギーはまったく問題なく賄える」と言っている。
それが本当だとして、たくさんの国民がその事実を知ったら、みんな力強く原発に「NO」と言えるようになるのではないか。
最近思うのは、小出さんのような長年研究されている方、田中優さんのような新しいアイデアを持っている方達など、いろいろな方面の方が、たくさんの能力をひとつに結集して、原発廃止への大きな流れを作っていっていただけないだろうかということ。
もちろん、私達一人一人も、受け身であってはならない。ない知恵を絞り出して考えぬき、そういった方々の活動に参加したり、あるいは自分でできることを自発的に行っていかなければならないのだ。
今まだ、原発維持、推進派と原発見直し、廃止派が、東京新聞のアンケートでは半々くらいの比率になっている。その数字をなんとかこの先、廃止派のパーセンテージをあげていくように頑張らなくてはいけないのではないか。

私は、海外にいてできることは、祈ることと、義援金くらいなんだろうか、と思っていた。
でも、今はっきり思う。それだけではない。やることは山のようにある。
フランスでどんな風に日本が報道されているか知ったり、フランスの原発事情を知ったり、周りのフランス人に意見を聞くなどして、日本にいる人たちに、いろいろなやり方や考え方を伝えたい。
かつて、民衆の力で腐敗しきった王制を倒したフランスから学べることはきっとあるに違いない。

☆3月26日のRe:Birth JAPAN。0:40~02:18位までの田中優さんの講演が聞けます。
その中で、実用的な情報も話されています。
「放射性物質のヨー素は、水に溶けやすい性質があるので、マスクの下に水にぬらしたガーゼを当てるとよい」
「ヨー素は炭に吸着しやすいので、1リットルに3グラムの粉炭(炭を粒状に砕いたものでもよい)を加えてかき混ぜ、1日置いてそれを濾すと、ほとんどのヨー素を取り除くことができる」

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by degorgerie | 2011-04-04 09:01

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